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2008.08.05

河野澄子さんが亡くなって

河野義行さんは、松本サリン事件で第一通報者であるにもかかわらず、一時、容疑者として疑われた人だ。河野澄子さんはその妻である。今日、14年以上意識不明だった妻澄子さんが亡くなった。松本サリン事件は私が学生時代に起こった事件だったが、マスコミという職業に対して、強烈に嫌悪感を抱いた事件でもあった。

ろくな証拠も無いまま、河野さんは容疑者として警察がかなり厳しい尋問を受けていたという。これに関してもかなり腹立たしいものはあるが、こういった尋問がそれまでから執り行われていたことはうすうす知っていて、特に驚くにあたらなかった。

しかし、河野さんに対する取材合戦はひどいものであった。淡い記憶をたどると、当時河野さんが疑われ、マスコミもその容疑に乗っかった理由は2つある。ひとつは、河野さんが過去に転職(当時はまだ終身雇用が根強かった)した経歴があり、もうひとつが薬学系に強く、家に農薬があったことだ。

この2点を手がかりに、マスコミはあたかも河野義行さんが犯人かのように扱い、連日ワイドショーや紙面をにぎわした。河野さんに関してあること無いことを争うように報道したのだ。その中には、大量の農薬が発見されたと報道されたが(wikipediaにもそのように書かれているが)実際は農薬の瓶が2,3本見つかったのみだったと記憶している。いい加減嫌気が差した頃に、地下鉄サリン事件が起こり、初めて河野さんの容疑が晴れた。逆に言うと、地下鉄サリン事件が起こらなければ、河野さんは冤罪のまま逮捕された可能性もある。ここまでの捏造や偏見に満ちた報道に怒りは感じるが、それでも、まだありうる話だ。このときに、警察の主張に対して一社でも疑いを持てば価値もあろうものだが、いずれも警察の主張を鵜呑みにして誇張しただけだった。

マスコミに対して、怒りから嫌悪感に変ったのは、それ以降である。マスコミもそれまで散々サリンに関する取材をしていて、その症状についても良く理解していたはずだが、それをまるで無視するように平気でフラッシュを炊いて写真を撮り(サリン被害者は、瞳孔に異常をきたし、明るさに非常に弱いらしい)、会見を強要した(同じく、非常に倦怠感があるらしい)。最後に、容疑がかけられた当時とは打って変わって「河野さんは無罪でした」と軽く報道して松本サリン事件の報道は見られなくなった。記憶する限りでは、当時のニュースステーションが松本サリン事件の直後に大々的に謝罪し、一年後にも再び河野さんに対して謝罪の特集を組み、ピアニストを呼んで妻の澄子さんの回復を願った。河野さんからすれば、検察に対して特別恨みを持っているわけではなく、マスコミも同じであるという言葉が印象的である。

マスコミは一般大衆の味方であり、弱いものの味方になってくるものと信じていたが、この一連の報道で、一般大衆の興味の味方でしか無いものと感じた。以前、ライブドアの堀江貴文氏が新聞やテレビはネットに駆逐されるようなコメントをして反感をかったことがあったが、捏造と偏見に満ちたマスコミは無くてよいと、インターネットに駆逐されて良いと私も感じた。

さて、あれから14年。マスコミ各社はこの一連の報道が活かせただろうか。数年前の、発掘!あるある大事典の捏造事件や、朝ズバの不祥事は、それを活かした上での事なのか。

今一度、マスコミのあり方、必要性を問いたい。


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